Company nameNATiAS Inc.
LocationHead Office
〒650-0047
5-5-2 Minatojima-Minamimachi,
Chuo-ku, Kobe-shi, Hyogo
Kobe international business center 3F

R&D/Process Development/Pilot Mfg. Lab
〒650-0047
5-5-2 Minatojima-Minamimachi,
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Kobe international business center 2F

GMP Mfg. Lab/Quality Control Lab
〒650-0047
7-1-6 Minatojima-Minamimachi,
Chuo-ku, Kobe-shi, Hyogo
Medical Device Development center 3F
Date of establishmentOctober 2, 2015
CEOMasanori Kataoka

インプレッサ WRX 新品 純正クラッチ 一式 セット GRB GVB VAB 【30%OFF】

インプレッサ WRX 新品 純正クラッチ 一式 セット GRB GVB VAB
純正同等EXEDYのクラッチ3点セット+オイルシール、レリーズレバー周り等の新品セットになります。 GRB GVB VAB のEJ20 6速に適合となります。    〜以下内容〜 クラッチディスク・クラッチカバー・レリーズベアリング レリーズレバー・レリーズレバースプリング・レリーズレバーのとこのカバーブーツ クランクリアオイルシール・フラホパイロットベアリング・フライホイール固定ボルト×8 ※品番800610740 タービンアウトレットガスケット の計10点セットです! ボルト以外の品番は画像を見て確認して下さい。ご購入者様の求めてる品番と相違無い事を必ずご確認願います。 判断が難しい場合はディーラーや車屋に見せれば分かる筈です。 新品合計額税込 5万程になります。 交換予定でしたが乗り換えの為不要となってしまった為お得なセットを割安で出品致します。 この部品はクラッチ交換及び付帯整備で必ず使用する部品ですのでお見逃し無く! ご覧頂きありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します。
「近世漂流記集」(1969年、法政大学出版局)に収録された浜田彦蔵の「漂流記」(1863年) 拡大
「近世漂流記集」(1969年、法政大学出版局)に収録された浜田彦蔵の「漂流記」(1863年)

 今から170年前。1852年の5~6月ごろ。香港でペリー到着を待つ黒船・サスケハナ号に乗せられていた岡山県倉敷市出身の徳兵衛ら日本人漂流民16人は、鎖国中の日本に米国軍艦で本当に無事、帰ることができるだろうか、と不安感が増していた。

 日米交渉で、自分たちが米国側のカードに使われる可能性があることは早くから気付いていたし、英国支配下の香港に根付いて西洋人と同じように暮らす先輩漂流民の力松からは、故国に砲撃されて帰国を諦めた「モリソン号事件」(1837年)の体験も聞いていた。そのような状況で起きたのが「南京への逃走」事件だ。

    ◇

 米国軍艦のサスケハナ号は、香港を拠点に、周辺に出動することが何度もあった。中国情勢視察や米国船の監視、米国人がらみの事件対応などをしたようで、52年5~6月には福建省・厦門(アモイ)や、香港から珠江を少しさかのぼった広州市・黄埔(ホワンプー)などに行っている。鳥取県出身の文太(利七)の体験談「漂流記談」と兵庫県播磨町出身の清太郎の体験記では、厦門からカリフォルニアに向けて大勢の中国人労働者を運んでいた米国商船で起きた船長殺害事件のてんまつを報告している。

 徳兵衛の体験記では、黒船がなかなか日本に行く様子を見せないため、船の「大将」に「いつごろ日本に送ってくれるのか」と尋ねたところ「多分、2、3カ月のうちには」と答えた、とある。当時、ペリーはまだ米国にいたので、随分とずぼらな気休めだった。

 日本人漂流民たちはこの間、サスケハナ号が香港に停泊した時は、同島に暮らす先輩漂流民の力松と庄蔵の家を訪ねて、それぞれの家族と話をするなどして過ごしたという。徳兵衛は「漂流記」(岡山県津山市の津山郷土博物館蔵)で、肉や酒なども出す料理屋にも行ったとするが、「漂客夢物語」(愛知県西尾市岩瀬文庫蔵)では、遊女たちと遊んだと、ここでも1人だけ正直に話している(連載24回参照)。

 漂流民たちは、漂流前に所持していた日本の銭に加え、サンフランシスコ滞在中(51年3月~52年2月)、彼らのために開かれたチャリティー仮面舞踏会(連載20回)、寝泊まりしていた米国船の手伝い(同21回)のほか、港で釣った魚を彼らの世話係だったトマス・トロイに市中で売ってもらうなどし、多少の蓄えがあったのだ。

 そんな時、力松や庄蔵らの家の近くにある地元の神社のようなところで中国人の老人に話しかけられた。どんな出会いだったのか、徳兵衛の体験談だけでは分からないので、文太や、後のアメリカ彦蔵こと彦太郎(浜田彦蔵)、清太郎らの体験記も参照する。

 文太によると、庄蔵宅に行く時に、いつも一行は神社で手を合わせて帰国実現を祈っていたという。ある日、神主のような老人が彼らに声を掛けてきた。彦蔵は、そこは「寺」で老人は「僧」だったという。漢字の分かるメンバーが筆談で対話した。「皆さん方は日本人で、帰国したいと願っているようだが、米国船だと、いつ実現するか分からない。それよりは南京を目指しなさい」。老人はそのような提案をした。

【小林一彦】=つづく

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